青田

さんぽのとき

いちばん大切にしていることは

耳を澄ますことです

田んぼは異国

東京・市ヶ谷に生まれ育ったために

田んぼから無縁な暮らしを過ごしました

山に水が触れる匂いも

踏んだ土から噴き出す匂いも

さして知らないという

さびしい子ども時代です

唯一

愛知に暮らす祖父母の家が

土や木々の匂いが充満する

あこがれの国でした

部屋から田んぼ

そんな子ども時代を経

田んぼの美しさをどーんと知ったのは

ずっと先のことです

妻の父上が住む

千葉のいすみの田園風景でした

いまねひとが住む部屋からも

田んぼは見えました

たけど

住宅街にあって

囲い込まれた暗い表情の田んぼでした

いすみの田園風景は

まったくの

別ものでした

青田風

ちいさな丘のような小山がうねり

これらを越えたところに

そこはあります

平地のひろがりの

一面の爽やかなみどりいろが

まぶしいです

谷地の奥まで

田んぼがあります

ため池もあります

田んぼのなかや

小山を背にしたところに

おおきな家が点在します

地層が剝き出しの巌には

防空壕があります

この防空壕の上にあがると

風が吹き抜けました

一面田んぼの奥から

湧き上がるようにして

光りながら渡りくる風です

或る夜

歳時記でみつけた

青田風でした

青田風は

田んぼのイメージを

一変させました

シラサギ

田んぼは生き物の宝庫です

出会いやすい

おおきな生き物に

シラサギがいます

生き物が同化するような色の環境にいるのは

よくあることです

その点

シラサギの場合

みずからの白さを

誇示するかのようです

この日のシラサギは

ふしぎなほど

まっしろでした

サービス精神も旺盛

すこしずつ近づいたり

遠ざかったり

青田の一句

みちのくの青田に降りる山の雲 岸田稚魚

旅の愉しみは

慣れない身の反応です

見慣れない

聴き慣れない

嗅ぎなれない

触れ慣れない

そんな自分の反応です

この句はみちのくとしてますが

これだと

すこし情緒に浸るように

仕向けられているようです

それでも

描き出す風景は

共感できます

山のふもとまで

ちぎれそうにたなびく雲が

家々の屋根の高さと

変わらぬところまで

降りてきています

ただ

実際雲の降りるほうまで近づいてみると

そんなに近くには感じないものです

この作者はきっと

車窓から眺めています

がたがたと進む列車の中で

変わり映えのしない風景なのでしょう

それでも

見慣れないもの

嗅ぎ慣れないものへの賛歌のように

みちのくを走り続けます

ひょっとすると作者は

みちのくという言葉のもつ

辺境

原風景

といったイメージをこの句にとどめ

失われゆく日本の風景に

無力感を見出しているのかもしれません

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